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結城晴朝埋蔵金

これは現在わかっているもので、現在最長の発掘探索の歴史をもつ埋蔵金伝説である。

結城家の初代・朝光は、源頼朝が奥州藤原氏を滅ぼしたときに従軍し、手柄を立てて平泉の黄金のほとんどをほうびにもらったという。

それは代々同結城家に伝えられてきたが、第十七代の結城晴朝の代に徳川家康に狙われたため、現在の茨城県結城市から栃木県下野市あたりに広がる旧結城領のどこかに埋蔵した、と言う話なのだ。

晴朝の重臣が書き残した文書によると、財宝は

・重さ約8kgの金の延べ棒が約25,000本
・重さ約7kgの金の延べ棒が約25,000本
・30kgの砂金が入った樽が100個以上

ということなので、黄金の総重量は約380トンにもなる。

380トンということは380×1000kg×3,270,000円なのでざっと1,242,600,000,000円、
つまり1兆2千5百億円弱だ。

発掘者は徳川家康をはじめ、大岡越前守なども掘っている。
さまざまな根拠によって、発掘をする人は今もあとを絶たないのだ。

結城市にある晴朝が建てた金光寺というお寺の山門には、意味不明の3首の和歌や絵が彫り込まれていて、この謎を解けば財宝のありかがわかるといわれているそうだ。
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