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村上水軍埋蔵金

瀬戸内海の覇者で日本史上最大の海賊と言われる、村上水軍。村上水軍は大きく分けて3つに分かれる。

・能島(のしま)村上水軍(能島衆)
中世後期に瀬戸内海の伊予国能島(野島・大島)を拠点に活躍した武装集団。毛利支配下の水軍として、織田・豊臣両氏と対立する。豊臣方に下った来島村上氏を許すことができず、執拗に攻撃し瀬戸内海より来島村上氏を追放した。最終的には豊臣秀吉の四国攻め後、瀬戸内海を追放される。

・来島(くるしま)村上水軍
室町時代は伊予守護河野氏の重臣で、戦国期には毛利氏の水軍として働く。五代目棟梁通総(みちふさ)のとき来島氏を称し、河野氏を離反、豊臣秀吉の水軍に編成される。明治維新後は子爵となる。

・因島(いんのしま)村上水軍
広島県東南部に位置する因島を拠点とする。豊臣秀吉と対立し能島村上氏は瀬戸内海から追放されるが、因島村上氏は小早川隆景に属し、毛利氏の船手組番頭としてその後も勢力を維持する。

これら3つの村上水軍、元は1つの家であり、清原源氏の流れを組むと言われているが、はっきりとわかってはいない。

なんにせよ最終的に敵味方に分かれて戦ったのだ。

豊臣の四国攻めの際、来島は豊臣方、能島と因島は敵方としてぶつかる。

今回の埋蔵金伝説はこの能島村上水軍のものと言われる。

豊臣に本拠地をつぶされた能島は瀬戸内海西よりの屋代島へ逃走。

その際に小豆島(しょうどしま)…香川県小豆郡土庄町、皇踏山麓(おうとさんろく)に埋めたと言われているのだ。

ただし、これに異を唱える説もある。
小豆島と屋代島は200kmほども離れている。大切な財宝をそんな遠くへ埋めるのはおかしい、というのだ。

すると、屋代島に近い島々に埋まっているはずなのだが…。

今現在、この埋蔵金はまだみつかっていない。
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