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穴山梅雪埋蔵金

数多くの埋蔵金伝説があるのが武田信玄。

それもそのはず、武田家の黒川金鉱から産出された金は、戦略道路「棒道」の各所に軍資金として分散埋蔵されたからだ。

その作業を担当したのは、信玄の姉の子で勝頼とは従兄弟の関係にある穴山梅雪だった。

勝頼との軋轢から離反を決意した梅雪は、棒道の軍用金を独自に移し変えてしまったのだ。梅雪自身は土民に襲われ命を落とす。

このことが表に出てきたのは明治になってからで、偶然梅雪の子孫が古文書を発見。

そこに記された「隠し湯の湧きて流る 窟穴を、のぼりて指せや……」ではじまる秘文を解き、山梨県の南巨摩郡身延山付近という所まで特定したのだ。

それによると、身延山から下部温泉、本栖湖、樹海を経て、「一枚岩の洞穴」という場所に埋められているということである。

埋蔵額は数千万~数億にものぼるそうだ。

・帰雲城埋蔵金(帰雲城埋没金)
帰雲城(かえりくもじょう)は、今の岐阜県大野郡白川村保木脇(ほきわき)にあったとされる城である。帰雲城は内ヶ島氏の居城であった。

寛正年間に内ヶ島為氏により築城されたが天正13年11月29日(1586年1月18日)、天正大地震が起き帰雲山の山崩れで埋没。

城主の内ヶ島氏理ら一族は死んでしまい、内ヶ島氏は滅亡してしまった。
これはそのとき埋まったとされる埋蔵金伝説である。

なお、城のあった正確な位置は現在も特定されていない。
保木脇に帰雲城址の碑が建っているが、その場所が城跡であるとの確証は得られていない。

その額は現在の価値にして5,000億円~数兆円と言われている。

城の場所がはっきりしないとはいえ、白川村のおよそ1平方キロ内に確実に存在すると言われているため、発掘者が後をたたない。

「埋没・帰雲城調査会」という団体もあるほどであるが…今のところ見つかってはいないそうだ。
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