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明智光秀埋蔵金

本能寺の変で有名な戦国武将の明智光秀。実は彼にも、埋蔵金伝説があるのだ。

それどころか、実際に秀吉に討たれたのは影武者で本人は生き延びていた、というまるで源義経のような伝説がある。

なんと、天海僧正として徳川家康の冬の陣を助けた、というのだ。そして出家した光秀は「護法救民のために宝を埋めた」という。

埋蔵地と言われる場所は4箇所。
ひとつは滋賀県大津市、琵琶湖底。
次に京都府亀岡市亀山城跡地。
そして京都府北桑田郡京北町。
最後に兵庫県篠山市である。

兵庫県の金山城があった周囲には次のような歌が伝わる。
特に追入に関しては、宿屋にフラリと立ち寄った光秀が宿の主人に鍋の蓋をもらい、そこに書いたと言われるものだ。

追入に伝わる歌
「金山の 尾の尾の先の尾の先に 朝日照らす木のもとに小判千両 有り明の月」

宮田には
「夏栗の 尾の尾の先の尾の先に 黄金千両 有明の月」

草山には
「朝日射す 夕日輝く花の木のもとに 黄金千両 細縄千ひろ」

残り三箇所に関しては「護法救民の書」に書かれた歌に基づく。

その歌とは次のものである。
「身をも名も 惜しまねばこそ 松のみとりいろ濃き 弥生空 くちなは頭の影をふむ 岩戸苗のその下に こかね三百しろかね千貫」

当時の貨幣価値は別にして、江戸初期の1両はおよそ10万円とされるので、億は下らないだろう。
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