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タイタニック号

映画にもなった豪華客船「タイタニック号」は、1912年4月14日の深夜に氷山に衝突し、翌日未明にかけて沈没した。

内外の著名人を含め2208名を乗せ、イギリスからアメリカへ向けて処女航海に出たばかりだった。

この沈没による犠牲者は1513名にものぼり、当時世界最悪の海難事故と言われた。

映画でも描かれている通り、原因は氷山に衝突したためとされている。
しかし、この沈没にはいくつかの“真の原因”が囁かれているのをご存知だろうか。

その一つに『ファラオの呪いであった』という説があるのだ。
事件後、無事に生き残った乗客から、エドワード・J・スミス船長について奇妙な話が漏れた。

衝突直後、急に進路を変えたり、規定以上の速度を出したかと思うと急に速度を落としたり、不審な行動が見られたという。

さらに衝突後の処置にも問題があった。

当初は独善的な態度で救命信号の発信を拒み続け、沈没間際になってやっと救助計画を始めたというのだ。

経験豊富で冷静沈着な性格の持ち主だからこそ、スミスは当時の最新鋭・世界最大の豪華客船の船長に任命された。

その人物が、この事故が起こった日に限って奇妙な行動をとったというのは不思議である。

実は、タイタニック号についてこんな噂があるのだ。
『船内に、エジプトのミイラが一体積み込まれていた』

このミイラは、乗船していたイギリスの貴族がニューヨークに運ぼうとしていたもので、ある女預言者のミイラだったという。

そのミイラは1910年、エジプトのカイロでアメリカの盗掘者たちがピラミッド内部から一体の棺に入ったミイラを発見。

その霊室には『我の眠りを乱す者は誰であろうと不幸と恐怖に見舞われる』と書かれており、盗掘中に一人の盗掘者が「私は神の裁きで呪われた」と叫びながら謎の死を遂げている。

その後ミイラは、英国エジプト学者ダグラス・マレーの手にわたることになるが、そのマレーも棺を手に入れた3日後、狩りに出かけた際に銃が暴発し、肘から先の腕を切断する事態となった。

さらに、この棺を扱ったものたちが次々に命を落としていったため、マレーは恐怖を感じ、この棺をとある富豪夫人に受け渡したのだった。

しかし、受取から二週間の内にこの夫人の母親が変死。事態を重く見た女性は、ミイラを大英博物館に寄付する。
すると、展示されたミイラの写真を撮ろうとしたカメラマンが謎の死を遂げ、さらに展覧会を企画した学者がその日の夜にベッドで突然死した。

結局、この呪われたミイラはニューヨークの博物館に譲渡されることになる。

ちょうどそのとき、イギリスのサウサンプトン港からニューヨークへ行く1隻の船があった。

これこそが、「絶対に沈むことのない船」と言われたあのタイタニック号だったのだ。

ミイラを乗せたタイタニックは冒頭でも述べたとおり、歴史的大惨事に見舞われる。

本当にタイタニック号にはこのミイラが乗っていたのか、沈没はミイラの呪いによるものなのか―。真実は闇の中だ。

このミイラは今現在、大英博物館の奥深く、人の目に触れることなくひっそりと保管されているという。
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