FC2ブログ

メアリ・セレステ号

1872年12月4日午後3時頃、ポルトガル沖480km辺りを航海していたイギリス船のディ・グラチア号がある帆船を発見したそうだ。

その船の名はメアリ・セレステ号。
この時、メアリ・セレステ号はただ海に浮かんで漂っているだけの状態だったので、不思議に思ったディ・グラチア号の船長が信号を送った。

だが反応がなく、望遠鏡で船を見ても人影はなかったので船を横付けして、ディ・グラチア号の船長と数名の乗組員たちがメアリ・セレステ号に乗り込んだが、船には誰もおらず完全な無人だった。

しかし、食堂のテーブルには食べかけのパンやベーコンがあり、コーヒーにいたってはまだ暖かく、湯気を立てていたという。

また調理室では、火にかけた鍋がグツグツと煮立っており、洗面所でもさっきまでヒゲを剃っていたかの様な形跡があった。

さらに船の中は荒らされた形跡は一切なく、水や食料も十分あり、装飾品、金庫の現金や宝石もそのままで、船自体にも外傷はなく、いたって普通の状態だったというのだ。

これだけ見れば、つい先ほどまで人がいた様な雰囲気だが、船長室に残されていた航海日誌を見ると最後の日付は11月24日になっており、これが本当であれば10日間も漂流していたことになる。

また、その頃船は、サンタマリア島から西方76キロの地点にあったと書かれている。(バミューダトライアングルから近い地点)

さらにその翌日の日誌、25日朝のところには「わが妻ファニーが・・・」と、走り書きされた途中で終わっている文が残っていたのだ。

事件前のメアリ・セレステ号について説明すると、1872年11月4日にニューヨークからイタリアのジェノバに向かって出航し、その時、乗組員は全員で10名だったという。(11名とも言われている)

そして、次に発見された時には全員消失していた。

謎の多いこの事件は現在まで乗組員の死体すら発見されておらず、真相は解明されていない。

また、本当かどうかは分からないのだが、テーブルに食事はなかったという意見や、発見された時に船に救命ボートが無かったことから乗組員全員が救命ボートに乗り、そのまま遭難して船だけが発見されたのでは…という意見もある。
なぜ救命ボートに乗ったのかという点はやはり謎だが・・・。
スポンサーサイト



カテゴリ
PR
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新記事
リンク
メールフォーム
検索フォーム